昨日はスイスのルツェルンに行きました。
コンスタンツから車で二時間程。
ここもまた、目の覚めるような美しい街です。
シャンデリアで飾られた駅は新しく美しく、駅の隣には、素晴らしい音楽ホール!
音響や壁の色まで自在に変えられるという、近代的なホールです。
ホールは湖畔に建てられており、ウッドデッキの散歩道を歩けば白鳥の鳴き声が聞こえます。
湖に流れこむ川には、なんと14世紀にできたという、木造の橋が今もかけられ、その隣には巨大な「水の塔」が佇んでいます。
スイスの街は、どこも近代的なのかと思ってましたが、こうして古い物と新しい物が共存する街もあるのですね。
ちょっと金沢を思い出します。
昨日今日はチューリヒ、明日はルツェルンと最近はスイスにいる事が多いです。
バスに乗ってたら、いつの間にか国境越えてた、って感覚は日本にはないですよね。
パスポートは、抜き打ち検査があるから常にかかせません。
抜き打ち検査といえば、こちらは切符の検札機がないので、切符も抜き打ち検査です。
検査官には滅多に会わないので、無賃乗車してる人、かなりいるんじゃないかなあ。
因みにウィーンでは、3カ月住んでてまだ一回も見てません。
でも,ミュンヘンで一昨日、検査官を振り切って逃げようとした若者が捕まってるところを見て怖かった〜
正月早々検札官も大変だなあ。
しかし人件費を考えたら、検札機を導入した方が効率的なんじゃ...
皆様、明けましておめでとうございます!
いよいよ2009年ですね!
私はハンブルクの友人一家と、新年を迎えました。
実家以外で新年を迎えるのは初めてで、その上ヨーロッパのお正月が日本とあまり違うことに驚きました。
大晦日は、皆で食事をしたり、鉛をスプーンの上で溶かして、それを水に注ぎ入れ、固まった形で未来を占う、謎のゲームをします(笑)
年があけた瞬間、ロケット花火があちこちでバンバン上がり、
「明けましておめでとう!」
と、皆で抱きってお祝いします。
因みに、年越し蕎麦の代わりに、ベルリーナーという菓子パンを食べる習慣がある事にも驚きました。
日本では、除夜の鐘、炬燵にみかんが定番なので、何だか騙された気分。イマイチ新年が来た感じがしません(笑)
昨日はお正月早々、ハンブルクからミュンヘンに飛び、少しだけ滞在して、車で南ドイツのフリッキンゲンに移動。夜は再びコンスタンツに戻り、仲間とパーティーをしました。
流石に若干疲れましたが、今日はスイスに行きます。
うーん、こんなにバタバタしてるとやっぱりお正月の感じがしない!
年の瀬もいよいよ迫ってきましたね!
私は一昨日から再び南ドイツのコンスタンツに来ています。
以前はクリスマス市でごったがえしていた街も,今ではすっかり落ち着いて,ちょっと寂しい感じもします。
昨日は夜まで練習して,その後忘年会をしました。
勿論ドイツ人達は「ボーネンカイ」が何なのか,よくわかっていません。
ま,説明するのも難しいし,いいか。
こういう文化があるの,日本だけなのかしら。
それにしても2008年も,もう終わるんですねー!
ああ,本当にあっという間!
皆さんは,新しい年を,どこで誰と一緒に迎えますか?
私は,今から北ドイツのハンブルクに飛んで,友達と一緒に過ごす予定です。
実家以外で過ごすお正月は,初めてかもしれない。
それでは皆様,よいお年を!
クリスマスイブから、今日まで、なんと5連休でした。
あああ、仕事してたら、もう5連休なんて有り得ないよ。
何しよう、何しよう!
と、わくわくしていたのですが、結果、ありとあらゆる店が
閉まっていたため、外出も退屈で、毎日
友達と料理をして過ごしました。
こういう、普通の行為がじんわりと幸せを感じさせてくれます。
話は変わりますが。。
数日前、ビッテのおじさんについての記事を書きました。
皆さんが、とても真剣にコメントしてくださって
嬉しかったです。
残念なことに、、
彼は、クリスマスもビッテでした。
なぜに今日もなんだ!!!
なんともいえない気持ちで、頑張って通りすぎたのですが。。。
その日は駄目でした。
数メートル先のスーパーでパンとチョコレートを買い・・
引き返して、ビッテのおじさんに、
「これはただのクリスマスの贈り物だから」
と日本語でいって渡ししました。
「○×△□」
おじさんは、なにやらラテン語らしき言葉で私に
何か言いましたが、わかるはずもありません。
ありがとう、かもしれないし、
こんなんじゃなく金をくれ、かもしれないし、
いい天気だね、だったかもしれません。
はぁ
正しい答えはないように思えます。
さて。
明日から、再びコンスタンツに飛びます。
年末&年明けはドイツやスイスで過ごす予定です☆
2009年も、もうそこまで来ていますね。
みなさんの今年、一番幸せだったことは何ですか?
メリークリスマス!
幸せで平和なクリスマスを祈ります。
日本の街は、買い物客でごったがえしてるのではないでしょうか。
こちらは昨日の午後から26日まで全ての店が閉まっています。
昨日まであんなに華やかだった街がひっそりとし、なんだかお正月みたいな雰囲気です。
日本にいる時は、クリスマスといえば殺人的に仕事が混む時期で、訳がわからないまま過ぎていっていましたが、ヨーロッパで静かなクリスマスの底に沈んでいると、何だか色んな事を考えます。
来年の今日、私はどこで何してるのかな...。
気がついたら、こちらに来てからもう3ヶ月がたっていました。
一瞬だったような気もするし、もうずっとこっちにいるような気もします。
何かが変わったかというと、自分自身ではよくわかりません。
相変わらずバイオリンのテクニックは問題山積みだし、ドイツ語はひどいし、私は私のままです。
環境が変わった事で、否応なしに変わった部分はどこかにあるはずですが、それが何だか説明できるまでにはまだなっていません。
この1週間は南ドイツのコンスタンツで過ごしましたが、実にかけがえのない1週間になりました。
何といっても,沢山の人に出会いました。ここの人々は、ウィーンよりフレンドリーなような気がします。
毎日練習の後は、友達とケーキを焼いたり、料理を作ったり...
彼らは、私が10%も彼らのドイツ語を理解できてない事に、気付いてないのか、気にしてないのか、全くめげずに話してくれるし、私も「言葉」は理解できないのですが、「言ってる事」は、何故かかなり細かい所まで理解できるので、全く疲れません。
それは、すごく不思議な感覚ですが、英語でも同じ事がおきていたような気がします。
人に伝える事がある時、そして相手に聞く気がある時、双方の扉が開いているときには,言葉以外の何かが,それを理解する事を助けているような気がします。言葉というのは、ツールに過ぎないのだなあ、と感じる瞬間です。
さて、今日は午後からスイスのトーンハレに行ってきます。
あっ!今日こそスイスフランを持っていかなきゃ!
雪が、降りました。
目を覚ましたら、窓の外は薄白く輝き、別世界になっていました。
なお小さな雪の子が舞い踊る古い街並みは、ただただ美しいとしかいいようがありません。
港の公園は、銀の海に姿を変え、水平線までゆるりとのびているかのようです。
窓からそんな景色を見つめながら、日中は練習。夜は懐かしい人と、そして新しい仲間と、食べて、飲んで、踊ります。
心が、ゆっくりと新陳代謝してゆくのを感じます。
今日はコンスタンツに来ています。
クリスマスまで、ここで過ごします!
コンスタンツはボーデン湖に面した南ドイツの街。
ほとんどスイスの国境近くにあり、ウィーンからは、チューリッヒに一時間かけて飛び、そこから電車で一本で行く事ができます。
美しい場所とは聞いていましたが、想像以上でした。石畳の道にはクリスマスマーケットが開かれ、道沿いには、ピンクや黄色や水色の家が、昔のままの姿で建ち並びます。
何でもここは戦時中、敵機が来るとわざと電気をつけ、スイスのフリをして爆撃を避けたのだそうです。
人々も優しいし、最高!
1週間、ここの生活が楽しみです。
こんな話書いていいかわからないんですけど、やっぱり書きます。
先日、同居人と、とりとめのない話をしていて、ついには
「何でも願いが叶うなら、何頼む?」
という、使い古されて洗練された話題にさしかかりました。
「うーん、私だったら...皆が幸せになりますように、かな」
と、これまた月並みな回答をしたのは私。
と、同居人アッコが
「私は...あの、橋の上にいる、"ビッテのおじさん"...」
私は、はっとして、アッコの顔を見つめました。
"ビッテのおじさん"は、いつも私達が使う駅の手前にある橋の真ん中にいつも朝から夜まで座り、「ビッテ、ビッテ」とお金を頼むおじさんです。
もう、朝からやりきれない気分になります。
お金、あげたいけど、あげちゃダメだ。でも、聞こえないふりして、足早に通り過ぎる自分がイヤだ。あげちゃいけないというけど何故だっけ。あげたって、何の解決にもならないのはわかる。でも、何もしないんだったら、目に見える部分だけでも力にはなれないのか。
いろんな考えが、一気に頭の中を回転し...結局私は、ただ通り過ぎます。
今日は、家の前で2人の子供を連れた女性に声をかけられ、小銭を下さい、と頼まれました。
「持ってない」
と答えた私は思わず彼女から目を逸らしました。
私の手には、今しがた買ったばかりのスーツケース、そしてお土産のインペリアルトルテが、高級そうな手提げに入って、馬鹿みたいにぶら下がっています。
「どうか赤ちゃんの為に、赤ちゃんの為に」
彼女はベビーカーの赤ちゃんを私に見せ、食い下がってきます。
そんな!
赤ちゃん攻撃は反則だ!
私はダッシュで家の中に駆け込みましたが、自分が極悪人のような、何ともいえない気分に打ちひしがれました。
「アッコちゃんは、もしも外国で一文無しで放り出されたら、どうする?」
「うーん、まずはパン屋などに行き...お金いらないから働かせて欲しいとジェスチャーで頼み、その代わり売れ残りをもらう」
だよなあ。
健康ならば、まず労働や技術で対価を得ようと考えるのが、普通だ。
「浮浪者がいない街はない。だけど、物乞いがない街はある。それは、物乞いすることがとても難しいからだ。」
小学校の時に、読者感想文の為に読んだ、「小さな魚たち」という本の一節が、急に頭をよぎりました。
グイドという、イタリアで両親を無くした少年が、掻っ払いなどをしながら生活する話だった気がします。グイドの言葉が20年を隔てて私の頭の中に蘇って来た事に驚きつつ、私は彼の言葉を頭の中で反芻しました。
グイドの言うように難しいはずです。ただ働く事の方が、ずっと単純で効率的ではないのでしょうか
なぜ
なぜにビッテ!
どこかに根本的解決案はないのでしょうか
皆が幸せになりますように
月並みだけど、
本心です。












